お父さんのちょっとした記憶
僕にはお父さんがいる。
今も昔も、お父さんとはあまり話さない。
お父さんは基本的に暗い人だ。
ときどき明るくひょうきんになることもあるけど
たいていは静かで悩みが尽きないような表情をしていた。
子どもにもあまり関心がない人だった。
保育園の時、朝の送り迎えはお父さんの役目だった。
車に乗っている間、お父さんはほとんど話しかけてこない。
お父さんはすぐにカセットテープをセットしてスイッチを押す。
すごく耳障りの良いメロディが流れてくる。
“I once had a girl or should I say she once had me?”
僕はじっとしたまま、後部座席に乗って流れる景色を見ていた。
夕方、仕事から帰ってくると居間に横になって何か考え事をしている。
ときどき、「今日は学校どうだっけや?」と聞いてくる。
お母さんが帰ってくるまで、ご飯は食べられない。
僕は何時にお母さんが帰ってくるのかわからない。
お腹が減ってきて(減りすぎて)我慢できず
「お母さんは?」と、お父さんに聞く。
「お母さん、もうちょっとしたら帰ってくる」
「お母さん今日夜勤だぁ」
だいたい、こんな感じの答えが返ってくる。
僕は 「今日のご飯はどうすんな?」と聞く。
お父さんは 「あ、〇〇、飯まだか!」と、少し慌てる。
「出前取ろう。何がいい? うどんが、らーめんが、チャーハンが?」
僕はとてもうれしくなる。 弟もなんとなく、うれしそうだ。
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